

月に一度の夕方、高野組の米子店、倉吉店は職人達の熱気であふれます。20社を超える協力会社から、それぞれの分野のエキスパートが集まり、勉強会を開いているのです。
協力会社のスタッフが主体となって進めているこの勉強会、議題は技術に関することあり、マナーに関することあり、スケジュールに関することありと様々ですが、目的はどうすればお施主様に喜んでもらえるか、というただ一点に絞られています。
当初は、「現場でしんどい思いをして働いて、その後まだ勉強会をしなければいけないのか」という声も聞かれましたが、いまでは「こうして顔を合わせることでコミュニケーションがよくなり、かえって現場でも効率がいい」と、皆が口を揃えます。
また、職人達が起工式や上棟式を通じて、直接お施主様と顔を合わす機会が多いのも、高野組の家づくりの特徴。これも「具体的にお施主様の顔が思い浮かぶので、仕事に身が入っていい」と評判も上々。
腕がいいだけではありません。高野組の職人達はとにかく前向きで、イキのいいのが特徴。もしよかったら、一度現場を覗いてみてください。この言葉に嘘がないことを実感していただけると思います。




弟の勝則、息子の隆弥ともに大工。うちは大工一家です(笑)。 子供心にカッコよく、自慢だった大工の父が急逝したのは55歳の時。弟と2人、父の名を汚すまいと、夢中で頑張ってきました。
いま21歳の息子に口うるさく言っているのは、とにかく足元をきれいにしておけ、ということ。自分の足元をきれいに掃除できない人間は、いい仕事ができません。高野組でも1日5回の清掃を義務付けていますが、どの家も自分が住む家だと思って建てれば、自然に掃除するようになりますよ。それに安全のためにも、仕事の効率の点でも、清掃というのはとても重要なんです。
それと、もう一つ大切なのは、自分一人で頑張らずに現場の職人全員が力を合わせて、いいものを作るんだという気持ち。お客様に満足していただけることが最終目的なのですから、職人の自己満足は必要ありません。そして、そのムードを現場で上手につくり出していくのが、「大きなたくみ」と言われる「大工」の責任じゃないかなあと思っています。


大工一筋40年で、いま57歳です。え?若く見える?能天気で何も考えていないからでしょう(笑)。でもねぇ、いまでこそとっつきやすいなんて言われるけど、若い頃はとんがってましたよぉ。ギラギラしてね。そりゃそうさ、この世界は競争だもの。
だけど40年経ってわかることはね、競争相手は他人じゃないんだね。自分なんですよ。どこまで行ってもこれでいいということがない。もっとうまくできたんじゃないか、いまの自分には見えないけど、もう一段上の世界があるんじゃないかって、いつも探し求めている。知れば知るほどはまっていく。ものつくりの世界は奥が深いです。
しかもそれが自己満足に終ってはいけないんで、お客様に喜んでもらえないといけない。お客様あっての職人ですからね。私なりにお客様の顔を思い浮かべて、それぞれの個性に合った家づくりをしているつもりですが、さて、どう思ってもらっているでしょうか。一度ゆっくり聞いてみたい気もするけど、こわい気もしますね(笑)。まあ、こんな風にいつまでも青年のように悩める仕事に就けて、幸せ者ですよ。自分の幸せに感謝して、少しでも喜んでいただける仕事をめざしていきたいと思います。



もともと漁師をしていまして、そこから大工に転身しました。建てるたびに違う家づくりの現場はとても楽しいです。転身してよかったと思っています。
高野組の家はイシンホームの家なので、他とは違うことがたくさんあります。協力会社がしょっちゅう集まることもその一つ。最初は面倒に感じたことも正直ありましたが、そのうちに面識ができたことで仕事がスムーズに運ぶことに気がつきました。職人同士って、お互いに譲れなくて、つまらない意地の張り合いになることも往々にしてあるのですが、顔見知りになることで、それぞれの立場を思いやるように自然になれたんですね。
お客様との会話もそう。私は口下手なので、最初はどうしようかと思ったんですよ。でもいまでは「そばで見ていてほしい」と思うまでに(笑)。期待をこめて見られるって、気持ちのいいものですね。うまくてきた時には「ありがとう!」って直接言ってもらえるし。
尊敬する吉村棟梁と一緒に仕事ができるのも大きな喜びの一つ。少しでも腕を上げて、もっとお客様に喜んでいただけるような家を建てたいです。
左奥から、吉村大工、高橋、朝倉大工、吉村大工(弟)
手前左から、吉村大工(息子)、佐藤
左から、渡邊、冨田、田原